【2021/09】コラム
宮城ではコロナ感染者数が減少傾向にあり、
ようやく波が収まってきたというところでしょうか。
今年のインフルエンザがどのくらいになるのかも気になりますし、
気温が下がり始めるこのあたりから、
次の波を大きくしないように過ごしていきたいものですね。
秋といえばそろそろ衣替えですが、
最近ではSDGsなどから、
天然素材、厚めの綿素材のシャツをよく見かけるようになりましたし、
積極的に選ぶようになった方も多いのではないでしょうか?
冬にウールのセーターを出したら虫にくわれていたなんて話はよく聞きますし、
コラムにも対策を書きましたが、
実は夏物のシャツも綿素材で出来ているものは虫にくわれてしまうことがあります。
せっかく丈夫で長持ちする厚手のコットンシャツでも虫くいで穴があいてしまっては台無しです。
また、天然素材はカビがはえやすく、
汚れによって酸化し、変色や生地を傷めることもあります。
ナイロンやポリエステルが出来た背景を知ると、天然素材の扱いが結構難しいことがわかります。
着物の保管方法で虫干しというものがありますが、
梅雨明け、秋晴れの10月、湿度が低くなる2月の3回、晴れの日が続いた日のお昼頃に外干しすることで、湿気をとり、紫外線によって、虫やカビ対策としているようです。
化繊の衣料を中心にしている現代では馴染みがないことですが、
今後、天然素材を長く使うことを考えていくのであれば、保管場所がタンスではなく、
湿気の溜まりやすいプラスチック製のケースや収納ボックスが増えてきていることもありますから、衣料品全般の手入れとしてぜひ取り入れていくべき方法だと思います。
リサイクル素材を使ったものがどんどん開発されていますが、それでも衣料品のほとんどはまだまだ焼却処分されているのが現状ですから、
購入する側も安価なものだけに飛びつかず、
素材や縫製にこだわって選んでみることや、
断捨離にこだわらず、たくさんの服を上手に着回すことで、一着あたりの着用回数が減ることで劣化が少なく済み、
その分長い期間着ることができますし、
不要になっても、状態の良い古着として再利用してもらうことも出来るようにもなります。
服に限らず物を大切にして、長く使うように心掛けるということはそれだけ物の耐用年数が延びますから、結果としてコスパが良くなるともいえることです。
最初からコスパを求めるのではなく、
使用しながらどうしたらコスパが良くなるのかを考えるのも工夫のひとつかもしれませんね。
世の中には熟成することで良くなるものがたくさんありますから、
私は人も物も出来る限りそう付き合っていきたいと考えています。
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コロナ禍で、
誰々のせいで、
誰々の考え方がどうで、
誰々が正解で、
誰々が間違っている、
そんな話をしょっちゅう耳にしますが、
それだけを言っている方々は、
自分で時間をかけて調べ、それを自分の意見や判断とはしないのでしょうか?
専門家が、
何々のトップが、
行っていること、言っていること、
それはそれぞれの立場があり、
それが正しいか間違いだったかなんて言うのは、
受け取り手の立場や考え方、
後々の結果によって変化するものです。
ですから今この状況で、
私も含めて、誰かが言っていることに正解はありませんし、
100%鵜呑みにすべきではありません。
なぜならそれによって起きたことについて、
仕事で対価をもらっているような状況でもない限り、
誰かが責任を取って何かをしてくれるわけではないからです。
100あれば100通りの意見があるのが、人の意見というもので、
何かの意見に自分の考えを寄せ、思考を放棄し、責任転嫁することで、
自己判断がブレ、人のせいにしてしまうのではないでしょうか。
自分の意見が正しいと思えば自分の責任のもとに、自信を持って行動し、発信するべきだと思いますし、
自分の考えに自信が持てない場合は、
より多くの意見や考え方、情報に目を向けるべきであり、そこに穿った見方をしてしまわず、真っ直ぐひとつの考えとして受け止める器を持つべきだと思います。
人の考え方をより多く取り入れ、自分の中でそこから精査することで初めて自身の考えがまとまることもあります。
FPのコラムとして最近の私のコラムの書き方はFPのイメージからズレているのかもしれませんが、
私個人としては、金銭的な損得について今触れている場合ではないというのが正直今のコロナ禍で感じる状況です。
平常時であれば、数年先またそれ以降をライフプラン、生活状況をシミュレーションすることもやりますが、
今のこの状況で数年後を予測できる人はいないのではないでしょうか。
であれば、今やるべきことは損得に動くのではなく、
一人の人間として、今後どう考え、どう生活していくことかを考えるべきステージであり、
平常時に必要であった知識やスキルは、
コロナ禍が落ち着き、あるいは何らかの対策がうまく行きだしてから考え始めても決して遅くはないのではないでしょうか。
むしろコロナ禍で得たことを活かして改めて考えた方が、視野が広がった見方ができ、
自信を持って行動していけるのではないでしょうか。
私自身、コロナ自粛により、仕事をお断りし続けることもう1年以上になり、歯がゆい気持ちではあります。
(本もある程度書き終わっているのですが、
コロナ禍ですし、もう少し様子をみてから加筆し電子書籍化することとしました)
しかし、キッパリ自粛とし、充電期間としたことで、様々な知識や考え方が身に付きましたのでこれを人生の中で無駄な時間とは感じません。
色々な方とこれまでお話してきましたが、
情報やアドバイスをキチンと活用できる方というのはまず自分から熱心に話を聞き、そしてそれをよく吟味して自分のことに置き換えて話のできる方です。
私がFPとして営業をしないのは、
自分から興味を持ち、
進んで話を聞きに来る、
聞く耳をちゃんと持った人以外には、
どんな話も暖簾に腕押しだからです。
今、コロナ禍で減収し、もし生活状況が厳しい場合であれば、一日も早く対処しましょう。
自分で対処できそうでなければ、
その時は専門家や役所にすぐ相談するべきで、放っておけばおくほど事態が悪化することは間違いありません。
相手があることであればまず連絡をしましょう。
前回のコラムでも書きましたが、まずやるべきことは「療養」です。
「コロナ禍」だからこそ「療養」する方法が人それぞれに見つかるはずです。
そしてそれ以外の差し迫って生活がひっ迫していない人は、「日常」とは何なのか。ぜひ疑ってください。
その疑っている期間だけ、自然に自粛できるはずですから。
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先日ようやくワクチン接種予約が取れ、1回目の接種をしてきました。
数日間倦怠感と腕の痛み、頭痛が起きましたが、特に大きな問題はありませんでした。
2回目の接種の方が反応が出やすい傾向があるということで次回の月末の接種が少々憂鬱ではあるのですが、
子どもたちの感染対策のために親としてはやらざるを得ないというのが現状です。
日本を含めて世界ではワクチン接種をすることを勧め、ワクチン接種によって行動制限緩和策をうちだしているようですが、
正直ワクチン接種によっての効果や副反応がまだまだハッキリしていない上、
不具合報告もしっかりなされていないように感じますので、
よくよく考えた上で接種するかどうかを決めることをお勧めします。現状では何かが起きても誰も保障してくれませんので完全に自己責任ということになります。
また、ワクチン接種をうけたことで、安易に安心感を得た人がハメを外してしまうおそれがあります。
海で浮き輪があるからといって沖まで行って無事で済むと言えばそうは言い切れないのと同じことです。
とはいえ浮き輪があろうと無かろうと、
海に行くと自分は大丈夫だと、調子に乗って沖に行ってしまう人々が一定数いるわけで、
そうした一定の人々がイベントや外出で馬鹿騒ぎをしてしまうのはもはや防ぎようにありません。
ワクチン接種によってこうした自爆の規模をある程度小さくする効果は期待できます。
基本的な感染対策や我慢が出来ない「輩」に効果があるということです。
ワクチン接種によって油断がうまれ、
ワクチン接種者がどれだけ、
新たな「輩」になり下がってしまうのか、
それがワクチン接種者の課題なのではないでしょうか。
接種することが目的となって、接種したから何をしてもいいと考えている人はいませんか?
いくらワクチン接種をしてコロナにかかりにくくなったとしても、「輩」が増えてしまっては何の意味もありません。
ワクチン接種キャンペーンはこれからどんどん出てくるかもしれません。
「お得」はあなたにとっては「お得」かもしれませんが、
GoToキャンペーンのときにそれでどれだけの人々が「迷惑」と感じたことか当時わからずとも今となれば誰でもわかることなはずですから、
どうか「お得という広告」に、
自らの行動を安易に釣られないようにしてください。
自らの行動は時間をかけ精一杯考えてからで充分間に合います。
今は世界や社会が「病気」なのですから、
今すべきは「行動」ではなく出来る限りの「療養」なのです。
「療養」はひとりではなかなか難しいことです。人が支え合い、手助けするからこそできるのが「療養」ではないでしょうか。
震災経験者としては、あの時みんなで精一杯出来ることをし「療養」できたからこそ今があるのだと信じています。
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オリンピック、パラリンピックが終了し、
様々な問題がニュースになっていましたが、
コロナ以外にテロが起きたりなど大きな問題が起きずに済んでひとまず良かったのではないでしょうか。
テレビで観戦していて選手が頑張っている姿はやはり元気をもらえますし、自分も頑張らないとという気持ちにさせてもらえました。
サッカーなどは惜しくもメダルを取れませんでしたが、チームとして切磋琢磨しているのは毎試合見ていて感じましたから、今回の選手たちも出るワールドカップも楽しみです。
今回は子どもたちと観戦していましたが、
運動会などで結果一位じゃなくても、頑張ったことが大切と教えている中、
やはりメディアではメダリストをとりあげますから、
子どもたちは観ているうちにやっぱり順位なんだねーと言っていたことに、
ズレといいますか、違和感を感じてしまいました。
どうしても大会としている以上、勝利数やタイムで順位がつき、
メダリストとそれ以外の敗者ということになってしまいますが、
当然メダリスト以外にも素晴らしい選手はたくさんいて、
例えば野球など団体競技なら個別に活躍した選手にはMVPがあり讃えられますが、
陸上や水泳の競技でタイムこそベストが出せなかった選手でも、フォームがキレイとか、
競技としての結果の勝ち負けだけでなくそういった部分でも評価されてもいいのではないかと思うのです。
自然界で動物の中で順位制というものがあり、同じ種類が集団で活動する中、
順位をつけてリーダーを決めることで秩序を保つという構造がありますが、
人間は単純に優劣を付けられる生き物ではありませんので、
順位が上の方がすごいという発想は子どもたちには思ってもらいたくはないのです。
アスリートとして一位を目指し、選手間でひたすら競いあい、努力することは生き方として尊敬しますが、
そうではない一般人は試合という土俵が決まっていない以上、競い合う生活は無意味だと思いますし、その価値観だけではキリがありません。
例えば、社会人が仕事を土俵に、役職につくことを目標として競い合った結果、
周りの人がその人に付いてきているのか、
その人の役職に付いてきているのか、
よく分からないことがあります。
ブランドが成立しているのもそういったことがあるからなのかもしれません。
何々の何だからといって偉そうにしている人はその団体以外では、何の関係もない赤の他人同士ですから通用しないのですが、
何だかよくわかりませんが態度が大きい人はいるものです。
順位によって優劣をつけたがる風潮は社会全体としてまだありますが、
これだけ多様性や個人が尊重されていて、
個人の発信力も以前に比べれば格段に上がってきた世の中で、
競技も順位だけでなく、別の視点で評価されるべきだと思いますし、
仕事では年齢や役職で上下関係を作るのは、
新しい価値観や意見が通りづらく、
風通しが悪くなるだけでなく、
さらに業務集中によって、
その人にしかできない仕事のようなものが増え、効率が悪くなるおそれもあります。
それを責任と取るのか、リスクと取るのか、
世代間の価値観の違いもこういったところに出てくるのではないでしょうか。
勝者を除けば、
その他は大多数の敗者となります。
誰もが敗者になりたくはないから、
他人より優れていると見せたがり、
マウント合戦のような世の中になっています。
10人で試合をすればその中でわかりやすく誰かが一位、誰かが最下位になります。
地球上に人間は億という数いますから、
瞬間でとある事柄を見れば、誰かが一位で誰かが最下位でしょうが、
そんなものは世界全体で見れば、
生まれた環境も、価値観も違いますから、
何の意味もありませんし、
誰の興味も示さない事柄だと思います。
一位があるのは一緒に行えるから、
一位があるのであって、
決して一人で一位になれたわけではない、
ひとつのことに皆で協力したことこそが大切だという価値観になれれば、
世の中はもう少し平和になるのではないでしょうか。
他人を養分だと思っている人間は、
また自身も誰かの養分であり、
世代が交代していく上、
「自分」が薄れていく時間の中で、
「自分」を残すのは、
「自分以外の誰か」ということを忘れてはいけません。
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宮城県も再び緊急事態宣言となり、様々な施設に制限がかかり、近場のキャンプ場やバーベキュー施設も利用禁止となりました。
コロナ禍での屋外での活動ができることもあり、キャンプブームとなっていますが、
ここでもまたゴミ問題になっているようです。
近くの公園でも宴会してベンチに焦げ跡をつけ、散らかし放題にしたようで写真付きで張り紙がされていました。
こうしたマナーの悪い人たちがいるために利用出来なくなっている施設もあるようで、
特に利用料が無料などの場所は、地域の方々やボランティアの方々が見回り、清掃している所があり、
ゴミが散乱し、火の後始末もいい加減な人が増えてしまうと、当然手が回りませんし、
事故の元になるため、閉鎖せざるを得ないということになります。
そうすると今度は場所が限られてくるため、一箇所に利用者が集中してしまう事態になり、
コロナ禍では悪循環となってしまいます。
数年前まではコンビニ等の入口外側にゴミ箱が設置されていたところが多かったため、
結構なんでもなんでも捨てていく人がいたのですが、今ではほとんど外には置かなくなり、
結果、安易にゴミを捨てるところが減ったことが原因ではないかと思っています。
ゴミはキャンプ場で回収していない場合、自宅に持ち帰るのが基本ですが、
遠方から来ている方や連泊であちらこちらに移動している人などは、ゴミをなるべく出さないように工夫をしている人でなければ、
食材等、購入した分ゴミが出ますので、
結果として処分に困り、放置に繋がっているのではないでしょうか。
また、家事が出来る人であれば家庭でのゴミの処分の仕方もしっかり把握していますが、
コンビニ中心、外食中心の人はどうでしょうか?
まん延防止措置や緊急事態宣言で夜間飲みに行けない人たちが、
夜中にバーベキューやキャンプをして飲んだ結果、ゴミが始末しきれず、増えているとも考えられなくもありません。
キチンと食事の準備が出来る人は後始末もキチンとしている印象がありますので、
その逆も、あり得るということです。
燃えるゴミをそれぞれが燃やしているわけでも、ごみ処理施設に持ちこんでいるわけでもなく、
大した手間でもなくゴミの処分ができる日本の環境なのにも関わらず、
それすらも出来ない人間性が疑いたくなる状況にガッカリしています。
コロナもゴミも結局は人がまき散らしていますから、共に拡大し、問題になっているということは、
いかに節度を守ることができない人が多いことかわかります。
コロナ対策もまず大人の教育からやり直した方が収束の近道になるのではないかと思えるほどです。
ちなみに、私の住む町内の公園ではゴミ袋と清掃道具を置くことで、
大人も子どもも、利用者みんなですぐ清掃出来るようになってからゴミが落ちていることはほとんどなくなりました。
利用する前に掃除してから使うことを心がければ、少なくとも目につくゴミというのは減るのではないでしょうか?
何を以て「ゴミ」とするかは、個人の自覚、価値観によりますが、
ひとつ確実なことは、みんなが不快な思いをするであろう、
「ゴミ」は放置している期間、
見て見ぬ振りをしても、
見えないよう、見ないようごまかしても、
ずっと「ゴミ」のままなのです。
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