【2021/10】コラム
小学校で宿題を親がチェックするシートを配られているので、毎日チェックするのですが、
今日は長男が算数で小数点がつく数字を式を工夫して計算しましょうというプリントで、色々考え方がある中で、
ややこしく考えて苦戦しているようでしたが、私の頃はこういった問題はあまりなかったように思いますので、どう教えていいものか、こちらも考えさせられる宿題でした。
歴史などはかなり内容が変わっていて、私の頃は何を一緒懸命暗記してきていたのか、なんだかもやもやした気持ちになるのですが、
学習指導要領、教育改革によって教科書改定が起きるので世代によって習う事が違うこととなっています。
研究の結果としてより詳しくわかったことにより教科書の内容が変わっていくのは良いことですが、
大人の解釈の都合で内容が変わるのは良いことばかりとは言えません。
そこに子どもたちやその保護者である親の意見はなく、
教育改革として、時代にあった教育方針としているようですが、
あとからみれば私も途中から土曜日が休みになり、ゆとり教育によるゆとり世代だとか言われることもありますが、
誰が決めたその方針に、振り回されているのが現状なように感じられます。
ついつい親としては通知表やテストの点などを気にしてしまいがちですが、
誰かが決めた義務教育の内容は後々誰かの意見によってまた変わっていくものなのだと思ったら、
与えられたことだけを一生懸命学んでいては、不十分ではないかと考えさせられます。
親として、人生の少し先輩として、
子どもにアドバイスしてあげられるようになるには、
一緒に学び直さなければならないことはたくさんあり、
教科書の内容だけが全てではなく、もう少し違った目線を持って接することも必要なのかもしれません。
我が家では積極的に図書館を活用し、
疑問に思ったことはネットだけに頼らずに情報を取りにいくようにしていますが、
教科書では数行で終わっていることも、
何冊も何冊も読んで調べることができます。
「これ」テストに出るから覚えておきなさいの、
なぜ「これ」が起きたのかを深読みすることは授業の限られた時間の中ではとても足りないでしょう。
原作がある映画が面白かったら、なるべく原作を読むようにしていますが、
その方がより詳しく描写されているので、
映画では尺の都合で省かれていたことを知ることで物語がより違った目線でみることができるのです。
ひとつの事柄も見方を変えれば、
たくさんの答えがあるということ、
それは当たり前のことですが、
「本来の意味で」子どもたちのための教育内容が決められているのかどうかよくわからない中で、
さらに尺が決まっている学校だけでは、
学べないことをどう教えていくのか、
子ども自身で調べる力を伸ばしていくのか、
これは家庭それぞれ子どもにあったやり方を、子どもをことを一番よく知っている親が、教えていかなければいけないことかもしれません。
義務教育、学校に通うことは大切なことだと思いますが、
出来事は意味付けによって感じ方が全く変わってきます。
強制されるのと、自分で進んで選ぶことでは、
その後の自動思考(瞬間に思い描く思考のクセのようなもの)にも影響が出るのではないでしょうか。
というのも、小学生から今後オンライン化が進んでいくなかで、
同じ授業を一律に受けるだけでなく、
もう少し任意で教科を選択できるようになってもいいと思うのです。
その方が先生から「される授業」ではなく自分で「受けにいく授業」に気持ちが切り替わっていく子どももいるのではないか、
自分の子ども時代を重ねて考えると、
私自身はその方が楽しそうと感じるのです。
そうすれば通知表も個人個人もっと特色が表れ、段階で評価するだけでなく、
何を選び、どのように頑張ってきたかという評価の仕方をすることができるようになるのではないでしょうか。
大人になってからも「どこかの大人」の都合や評価に振り回され、右往左往するような、
そんな大人に育てたいと、
どの親が思うのでしょうか。
でも今の社会ではそんな大人の方が、
「数字」は取りやすいのです。
しかし「数字」は「桁」が変われば、
大きく意味合いが変わってくるものです。
身近なお金も桁が変わればとんでもないものになったり、取るに足らないものになったり、人の生活や価値観によって必要とされる量は変動します。
七夕の短冊や、クリスマスツリーの飾りに、
「お金がほしい」と書いているお願い事を見かけることがありますが、
なんだか悲しい気持ちになるのは私だけではないと思います。
何が本当に必要なことなのかを子どもたちに教えることが大きく欠けているように感じるのです。
それは学校が悪いのではなく、
社会人だからと現状に甘んじている、
社会全体の大人のせいだと思います。
「大人の都合」を優先にせず、
価値観や姿勢を尊重する社会で、個人個人が常に学び続け、意見を通す姿勢をもっと持っていかなければ、
世の中は今以上に良くはなっていかないのではないでしょうか。
[お知らせ:Amazonで発売中の電子書籍読んでいただきありがとうございます。読みづらい点が多々あると思います。お気づきの点がございましたらご連絡していただけますと、次回の修正点や改善点となりますのでよろしくお願いします]
選挙が近づいており、やたら投票を呼びかけていますが、自分の意思を明確に持って支持するのであれば投票すべきですが、
支持するところがない、あるいはわからないというのであれば、なんでもかんでも無理に投票する必要はないと思うのが私の考えです。
義務でも、強制でもありませんから、
一票を投票するのは壇上で発表するくらいの気持ちで行ってもらいたいものです。
責任のない一票より、責任のある一票の方が大事だと考えるからです。
投票できないことが恥ずべきことではなく、
投票率の低さで興味のなさが反映されますからそれもひとつの指標だと思います。
無記名投票は以前のコラムにも書きましたが、わざわざ投票所に行ってまでやることとは思えませんし、あまり意味をなさないように思います。
選挙のときだけ政治に興味を持って考えていても長続きしませんし、常日頃みんなで情報交換、意見交換するような環境作りがまず必要なように感じます。
さて、仙台ではここ数日で急に気温が下がり、
朝4度近くまで下がった日もありました。
そろそろ暖房器具の用意をはじめた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
エアコンや床暖房によって、ヒーターやコタツは使わなくなったところも年々多くなっているように思いますが、
テレワーク推奨で多くの方が家にいる時間が長くなり、エアコンなどはつけっぱなしにより電気代が安くなるという話もあることから、
1日つけっぱなしの方も増えたのではないでしょうか?
とはいえ使えば冷暖房費がかかってくることは確かで、
交通費と違い、増加した冷暖房費を会社負担してくれるところはほぼないのではないでしょうか?
事業で自宅件オフィスの場合は費用は按分する考え方があるのですから、
政府でテレワークを推奨するのであれば、会社でカバーできないとなれば、
国で個人が負担している費用を、補助金として考えるべきだと思うのですが、そういったことはなくただただ進めているのが現状ですから、
少しでも個人の努力で冷暖房費という固定費を減らさなければどんどん生活に充てるお金が目減りしていく一方です。
夏の温度調節方法といえばほぼエアコンとなるわけですが、
冬は冒頭でも書いたようにいくつかの方法があります。
最近では、カーボンニュートラル、エコ、リサイクル、SDGsなどから、
各分野の企業がそれぞれの言い分で営業していますのでメリットデメリットをよく理解した上で利用することをおすすめします。
石油ストーブやヒーターは、石油を使うから貴重な資源を使い、二酸化炭素を放出しているといわれています。
(ちなみに私が小学校の時は10年から20年で石油は枯渇するといわれていましたがどうなったのでしょうか?)
薪ストーブなどは燃料となる木々が育つ段階で二酸化炭素を減らしているので、
燃やして出る二酸化炭素分は問題ないとされているところもあります。
小学校の授業で習いますが、木は光合成しているときだけしか二酸化炭素を吸収しませんから、それ以外は二酸化炭素を放出していますし、
燃やした際の周辺への煙や臭いなどの被害問題、灰の廃棄物問題などがあります。単純に全てが肥料になるわけではないと思います。
電気を使うエアコン、電気ヒーターは発電段階で多くの燃料を使っていますから、やはり電気を多く使えば使うほど、燃料を消費し、二酸化炭素を放出することになります。
(パネルによる太陽光発電については、大量に設置し、発電している間はいいのですが、
原発同様、撤去時の費用や廃棄物として考えたときに発電手段としてやってよかったのかとなれるかが今後の課題だと思っています)
話は戻りますが、テレワークで電気代が増加している場合は、日本で昔から馴染みのあるコタツをもう一度見直してみることをオススメします。
4人用のコタツの消費電力は最大稼働で約600W、保温の電力は100Wほどといわれています。
最近では一人用のコタツが出ていますから、
テレワーク仕事用として小さいサイズを使えば、もう少し消費電力を抑えることができます。
また、洗濯物を毎回乾燥機で済ましている場合、ヒーター式だと洗濯の約10倍、時短の代わりに電力を使っていることになりますので、
日中厚手のものだけでも外干しし、下着など乾きやすいものは室内干しでも十分乾きますので日中在宅しているのであれば、たいした手間もなく節電できると思います。
どうしても日中外干しできない場合であれば、フリースやウールニットなど乾きやすいものを選び、
洗濯はさっと浸け置き後、手洗いし、洗濯機で1〜2分脱水して一晩室内干しすれば、時短で節水しつつ、翌日からすぐまた着用できます。
これらは、
大掛かりな設備でも方法でもなんでもないため、
なんだそんな小さな例、つまらないことと思われる方も多いと思いますが、
エネルギー保存の法則の上で生活している以上、
現状エネルギーに関しては錬金術のような方法はなく、なるべく効率良く変換することしかできませんから、
個人で出来ることといえば、使うエネルギーを抑えるという、節約、節電といった、
対症療法のような方法しかありません。
環境のことだけを考えれば、コロナ禍で人々ほ不要不急の外出が減ったことによって、
少なくとも移動にかかる燃料分はエネルギーの節約をできたとも考えられるかもしれません。
人がひとり家の中で一日暮らすエネルギー消費量と、旅行して過ごすエネルギー消費量、
どちらが多くてどちらが環境負荷となるのか、人や生活によって考え方が分かれるところかもしれませんが、
同じコーヒーを飲むにしても自宅とカフェで感じる味が違うように、人間とはそういうものですから、そこ(同じコーヒー)を踏まえた上で、
環境保護を考えるのであれば、いかにもな方法だけで悦に浸るのではなく、こういう身近なところから考えてみるのもひとつの方法ではないでしょうか。
原因を作っていながら、あれこれやってます感で満足しているのは、あくまで人間がやっているということ、それだけは忘れてはいけません。
[お知らせ:Amazonで発売中の電子書籍読んでいただきありがとうございます。読みづらい点が多々あると思います。お気づきの点がございましたらご連絡していただけますと、次回の修正点や改善点となりますのでよろしくお願いします]
ニュースでは次の選挙に向けて政治のことをあれこれやっています。
私の応援しているミュージシャン、SUGIZO氏も山本太郎氏の応援をしにいったようです。
ファンとしては政治的考えや、特定の人を応援することをよく思わない方もいらっしゃるかと思います。
自分の好きな人に自分の考え方と違うことを大々的に発表されると、なんだかわかってないなというように反発してしまう、複雑な感情になるのではないでしょうか。
私も学生の頃、好きなジャンルのバンドを聴く人ばかりと仲良くし、違うジャンルのバンドマンとはわかってねぇーなと、跳ね除けていたことがありました。
なんでもかんでもつるむ必要がないことに変わりありませんが、
よくわからないところで意地を張ったり、
偉そうにしても何の意味もないことですから、今思えばその点は愚かなことです。
常に一緒にいる家族ですら、食べ物の好み、服装の好み、嗜好はもちろん、考え方が違うのですから、
いくら好みが近い人や尊敬する人だからといって何から何まで一緒である必要がありません。
まずそもそも年々人の考え方なんて変わっていくわけですから、
たとえ長年の夫婦や親友であっても年月を経て考え方や価値観が変われば、いい歳してもケンカしたりするものです。
それでも一緒にいれるのが生涯付き合いのできる人となります。
話が少し逸れましたが、
尊敬しているSUGIZO氏が支持している考え方や人を私は詳しく知っているわけではなく、知り合いでもなく、
何となくの人並みの知識しかありませんから、
どうのこうの言える立場ではありませんが、
一人のロッカーとして、言いたいことを言って、体現していることは尊敬できることだと思います。
誰からみても聖人君子であることなど、人が存命中にはできませんから。
理想論や机上の空論と言われてしまう現実離れした考えた方ばかり言っている人は胡散臭いと言われてしまいがちですが、
ダメなものをダメだとわかっていながら、
それが現実だからとハードルを維持して生きていたとすれば、
世界の環境が放っておいても良くなる方向であればまだマシですが、
現状、少なくとも私たちが住む日本では少子高齢化が進んでいる以上、働き手が少なくなっていくのですから、真っ直ぐ考えれば良くはならないでしょう。
しかし、それでも先々を見て、今出来る限りの苦労をしていかなければ、もっと先の世代が厳しくなっていくことに変わりありません。
何が常識で現実なのか、
それは誰が決めているのか、
私たちひとりひとりが考えなければ、
新しいステージは見えてきません。
馴れ合いだけでやっていけるほど甘い時代ではなくなってきたと思います。
ひとりひとりがそれぞれの意見を持ち、
議論し、言いたいことは常に言い合える世の中にしていかなければ、
存命中、金と権力のいつまでもマウント合戦のまま、
一部の人のために多くの人が生きていく世の中に変わりないのではないでしょうか。
10月13日はさつまいもの日らしいですが、
我が家ではこの間、とれたてのさつまいもを頂いたので、
グリルで20分焼き、麦芽糖になりやすくなる70度あたりを保つのに、電子レンジで冷めないようたまにじわじわ加熱し、
40分ほどで、家にいながら石焼きいものようになりました。
つぼを使ったプロの焼き方もあれば、
電子レンジでチンするだけ、
何通りもの作り方がありますが、
美味しくいただける秋の味覚、
充分に幸せを感じる瞬間です。
芋づる式という言葉がありますが、
仕事や人間関係がそうなっていないか、
たまに掘り返してみるのも大切かもしれません。
[お知らせ:Amazonで発売中の電子書籍読んでいただきありがとうございます。読みづらい点が多々あると思います。お気づきの点がございましたらご連絡していただけますと、次回の修正点や改善点となりますのでよろしくお願いします]
先日妻と一緒に2回目のワクチン接種をし、翌日38度の発熱がありましたが、1日で熱も下がり3日ほどで腕の痛みもなくなりました。
県内の感染報告者数もかなり減っており、ワクチンの効果はあるのかなと思います。
しかしニュースで発表される数字自体は少なくなっているからといって、これで大丈夫だと気を緩めてはいけません。
ワクチン接種によって症状が軽くなるということは、無症状に近い感染者は検査を受けなくなるので、
よりこれからは感染状況がわかりづらくなってくるということになります。
多くの子どもたちはワクチン接種していませんから、
ワクチン接種済みの無症状の無自覚な感染者が感染を広めるリスクはむしろ高まっているのではないかとすら考えてしまいます。
自分たちは感染しても大丈夫だからと調子に乗った大人にだけはならないようにしなければなりません。
子どもたちからの目線からみれば、
外出先や家庭内感染のリスク、
学校内でのクラスターのリスクなど、
事態は何一つ変わっていないのですから、
そこを忘れてはいけません。
親目線としてはこれから仮に12歳以下でもワクチン接種可能となったとしても、
小さな子どもに副作用のリスクを考えると手放しで喜んで打ちなさいとは言えません。
治療薬が出来たとしても何かしらの副作用は必ずあるものです。
リスクを恐れていては何も出来ないという方がいらっしゃいますが、
それはあくまで個人の責任や考えにおいていえることで、
子どもを含めて他者に対して、リスクを押し付けることはその責任を取れない以上、本来やってはいけないのです。
私個人の考え方、捉え方になるのですが、
個人的にあまり好きではない、
リスクを取らないことがリスクという言葉がありますが、
リスクとレバレッジを混合している場合が多いように感じるのです。
金融用語で、少ない投資金額でより大きな取引を行なうことをレバレッジ(てこ)をかけると言います。
リスクとリターンはセットであるとは思いますが、
どうもそこに常にレバレッジをかけて考える人が多いのではないかということです。
つまり自分が危険だとわかっていて、こんなにも危険をおかしているのだから、大きな利益が得られるはずだ、と。
それがいつしか大きな利益を得るためには、危険をおかし続けなければいけなくなり、
当然、危険度が高くなり続け、博打のような状態をキープできる人は多くいませんから、
何かしらの問題が起きてしまうのです。
逆もしかりで、
自分はこんなにも良いことしている、頑張っている、我慢しているのだから、
その分、それ以上に、
悪いとされていること、危険なことをしてもいいだろうという考え方です。
冷静に客観的に見ればどちらもいいわけがありませんが、
なぜか「当の本人」になるとわからなくなるものです。
だから「自分だけは大丈夫」と謎の自信が生まれてしまうことになるのではないでしょうか。
こういったことは人間だれにでもあることで、
そして他人にいくら指摘されても(わざわざしてくれる人もそう多くないとは思いますが)改善しませんから、
自分で気付ける努力をしていく必要があるのではないでしょうか。
レバレッジを効かせた生活によって、
良くも悪くも世の中が発展し、豊かな生活を送れるようになったことは否定しませんが、
コロナ禍でそれが通用し続けるのか、疑問に持つことは必要ではないでしょうか。
身体に予防接種をしたのであれば、
精神的にも予防接種していかなければ、
本当の意味でのワクチン接種の効果にはならないのかもしれません。
[お知らせ:Amazonで発売中の電子書籍読んでいただきありがとうございます。読みづらい点が多々あると思います。お気づきの点がございましたらご連絡していただけますと、次回の修正点や改善点となりますのでよろしくお願いします]
